風使いの小屋 ブログ版

風使いの小屋からあなたへ

ホームページ 風使いの小屋 個人セッション セミナー情報 受講者、お客様の声
セミナー、講演などのご依頼 おすすめ情報 未来生活体験情報 カウンセラー養成講座

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

別窓 | スポンサー広告
∧top | under∨

(日記)夢としての歴史と神話

 みなさん、こんにちは。ふたこです。 
 昨日のつぶやいていたことをちょっとまとめておきます。

 僕は昔、歴史の授業が好きではありませんでした。みなさん、歴史にどんなイメージを持っていますか。

 一般的に歴史っていうのは、神話みたいなものといえるのではないでしょうか。物事の成り立ち、今ある世界がこうである理由を、共有するためのストーリーだと思う。人間は「歴史」をそのように使ってきたと思います。

 戦前の日本でも(その歴史観がよかったかはともかく)、文字通り神話であり歴史であるものを共同体で共有しようとしましたよね。それは戦前の日本が特殊だったのではなくて、
本来、歴史が語られるのはそういう意味合いであることが多いといっていいと思います。

 アメリカ人はアメリカ建国の神話をいまだに語り継いでいるし、中国は王朝が変わるごとに歴史であり神話であるものを書き換えてきた。先住民の神話は、国家が市民に共有させようとするものとはちょっと違うけれど、でもやはり物事の成り立ち、今ある世界がこうである理由を語っています。



 さて、日本では戦後は、教科書ではそういう意味での歴史は教わらなくなっていると思います。少なくとも僕は学校で教わった感じはしていない。自分たちの社会がこうである理由は、直接的にはストーリーとしては与えられなくなった時代です。

 教科書の歴史は、過去の出来事の羅列でしかないように見えました。それは興味を引かなかった。歴史という科目は、僕は面白いとは全然思わなかった。

 でも、歴史 historyがちゃんと、日本がこうなっているのはこうだからだ!というような物語 storyになっているのに出会うと、それは面白い。

 新たに説得力のある物語に出会うと、実はこれまでも違う物語を暗に聞かされ続けていたということに気づくことができます。



 以前も書いたけれど、日本では歴史のことをあれこれ語ること自体が抑圧されていると思います。僕らは本来、より納得のいく物語をみつけようとする生き物なのに、その、ある種の根源的欲求を抑圧されています。
 
 そしてそれは、日本に住む人々のこころを相当に蝕んでいる、と僕は思います。
 
 世界の成り立ちについて、今ある社会がこうなった理由について、自分の境遇がこうである理由について、説得力のある物語をもたなかったら。

 まずはそういう物語を持っていない、ということにも気づけない。そして当然、世界は無秩序で恐ろしいものとなってしまうし、自分の関わったところでなにも変化しないような巨大なものに見えてしまうのではないでしょうか。
 
 それは生きる力を、生きる勇気を削いでしまうと思うのです。世界を変える力や意欲も削いでしまう。自分の境遇について、自分ではどうすることもできないと思い込んでしまう。それが戦後の日本に起きたことだと僕は思う。



 僕は自分が正しい歴史認識を持っているとは考えていないけれど、より説得力のあるstoryは見つけていきたいと思っています。でもそのために、こうかな、ああかな、と語り合うのはけっこうこわい。なんだか暴力をふるわれそうで。

 でもより説得力のあるstoryを一人一人が探求できるということ、それを人と語り合いながら修正していくことは、この列島に済む人々にとって、死活問題と言っていいほどの重要性があると僕は思うのでした。
 


 さて、今回こういう事を書くきっかけになったのはこのニュース。

「日韓戦後処理は不十分=「改めて決着必要」-官房長官」
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2010070700917&rel=m 

 これは一国の官房長官としてむちゃくちゃな発言だと僕は思いました。いまだに知らない人も多いけれど、日韓間の補償問題は日韓基本条約で決着しています。韓国政府は日本への請求権を放棄して、それと引き替えに金を得た。そしてそれを個人補償には使わない選択をした。それはもう物語以前の事実。
 だから補償の請求うんぬんは既に「完全かつ最終的に解決された」ってことになっています。
 でも、決着がついていないからもめているような物語を、なんとはなしに聞かされていると思いませんか。




 そんなこんなで、僕らはまず、自分たちのはまり込んでいる物語はなんなのか、僕らが夢とわからぬままその世界にいる夢はどんなものなのかを知る必要があります。
 
 自分の見ている夢を、現実を、客観視できたらそこから抜け出すこともできるし、新たな現実を創造する力すら僕らは持っています。
 
 それを一緒にやりませんか?というのが以下の連続講座。


 「危機の時代を生き延びる 達人養成塾」with 鈴木博之 
http://windshamanwf.blog34.fc2.com/blog-entry-219.html



~~~~~~~~~~~~~~~~~~
風使いの小屋 今後の予定

10月16日17日 蓼科 ネイティブアメリカン合宿

9月25日(土) 札幌 コーマワークセミナー
8月29日(日) 東京 コーマワークセミナー 
http://windshamanwf.blog34.fc2.com/blog-entry-217.html

7月末より6ヶ月連続講座「危機の時代を生き延びる 達人養成塾」with 鈴木博之
http://windshamanwf.blog34.fc2.com/blog-entry-219.html

7月17日~19日 関西 個人セッション付合宿 いのちのほのおの灯し方
http://windshamanwf.blog34.fc2.com/blog-entry-203.html

7月11日 コーマワークに関する発表 於 日本プロセスワーク協会大会(明治大学)
http://windshamanwf.blog34.fc2.com/blog-entry-201.html
スポンサーサイト
別窓 | スピリチュアルガイド | コメント:2 | トラックバック:1
∧top | under∨
<<博之さんとの連続講座 日本人の集合的な思い込みを解く | 風使いの小屋 ブログ版 | 東京&札幌 遷延性意識障害、昏睡状態、植物状態の支援 コーマワークセミナー>>

この記事のコメント

 興味深い観点だと思いました。

 「歴史認識」という言葉を聞く時、「歴史」というものがそもそもどういうものなのか、それを「認識する」ととはどういうことを意味するのか、ということと、「個々の歴史上の出来事の評価」ということがしばしば混同されていると思います。

 それと、過去の人々の行為を非難・断罪すると自分は免罪符を得られる、とでも勘違いしている人も多いと思います。そうすれば、自分がもしも何かの巡り合わせで似たような境遇に置かれた時、似た過ちを犯さない保障になる、というわけでもないのに。

 官房長官の発言はひどいです。
2010-07-10 Sat 00:08 | URL | ふなさん #IdjVwzn.[ 内容変更] | top↑
そうなんですよね。
歴史認識、という言葉自体、けっこうやっかいなものなのだと僕も思います。

「ある個別の出来事に関して、間違った情報は持っていない」という意味でなら「正しい歴史認識」というものはあり得るけれど、歴史の評価とか、どの史実をどうつなげてどんなストーリーとして理解するか、という次元になると、正しい歴史認識、などというものはそもそも存在しないわけですし。
2010-07-10 Sat 14:00 | URL | 風使いふたこ #-[ 内容変更] | top↑
∧top | under∨
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック

仙谷長官の「戦後個人補償」韓国では大きな期待 - かかしのジャンプ ... その上、請求権問題がすでに解決されたという前提の下で施行する補償政策は、対象と程度に限界がある。実際にこの戦後個人補償が成立するためには、越えなければならない難関があまりにも多いとの声... …
∧top | under∨
| 風使いの小屋 ブログ版 |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。