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(ご報告)PW的対談#1の4 日本におけるリーダーシップと人の和


その3からの続きです。

その3で述べたような「今は俺がしゃべるから、黙って聞け」的なリーダーシップは、日本では大抵、悪者扱いをされるのではないでしょうか。人を遮って話した人は、なんだか1人ですごく責任を持たされてしまう。

「あなたが言ったんだから、あなたが自分でやりなさい。」

みたいな感じですかね。で、うまくいかないとその人が責められる。「それ見たことか、あいつは独裁的だったからいけない。」ということで他の人は責任から逃れられるわけです。責任を逃れたところで、物事は好転しないのだけれど、まあでも少なくとも人々から攻撃対象にはならずに済む。

そういう文化だものだから、なかなかみんな責任を負いたくないし、みんなが口が重くなります。話し合いもうまくないのですが、そこは後述するようにちょっと複雑な事情がある。

で、そんな風なことは僕は前から思っていたのですが、最近歴史を勉強し直していて、「これはもう、日本の歴史全体を通していえる日本人の習慣なんだ」ということを発見して、衝撃を受けました。

原爆とも通じる、この手のリーダーシップが二次プロセスだとすると、一次プロセスはなんでしょう。


それは「話し合いで決めたことこそが正しい」というコモン・センス(共通認識)ではないでしょうか。

で、それは神話の時代、国譲りのときから始まっています。
その歴史的真相はまだ確定しているわけではないのでしょうけれど、出雲から出土するものすごい数の銅剣などからして、ヤマトが出雲を倒して平定した可能性は大きいですが、ヤマト側が伝えるところに寄ると、あくまでオオクニヌシの出雲をヤマトが話し合いで譲ってもらったことになっています。

そして聖徳太子の憲法十七条でも、天皇の命に従え、というのは第3条です。第1条は和をもって貴し、で始まり、後半は協調性を保て、ということが書かれています。

そう考えてみると、徳川幕府でも老中の話し合いで決まったことを将軍が承認するし、明治の立憲君主制でも議会の話し合いで決めたことを天皇が承認する。最高権力者はハンコを押す係であって、実質的な決定権は「話し合い」が持っているのでした。



日本人である僕らは、物事の正当性を測る物差しとして「公正な話し合いを経ているか」ということを気にする文化の中に居ます。誰かが独断で決めたのではないですね?、と。そうじゃありませんか?

それはこの列島で、1500年以上にわたって続いている文化なのです。逆に言うと、強力なリーダーシップや、有無を言わさぬ決断というようなものは、1500年以上抑圧されてきたのでした。

このことを認識して、うひゃ~、そんなに根深かったのかぁ、と遠い目になってしまいました・・・。

でもそれが見えた今、次の時代に突入できるのかもしれません。

こういう歴史セミナーとリーダーシップについてのワークショップを組み合わせたものとかもやってみたいなあ。


~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~
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・2010年5月29日~6月1日 いのちのせんたく 釧路湿原ツアー 限定7名

・ゴールデンウィーク
 ネイティブアメリカンワークショップ in 関西?

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「自分と人と地球とともに」
 ネイティブアメリカンの智慧+プロセス指向のグループワーク
 http://windshamanwf.blog34.fc2.com/blog-entry-177.html
 別ヴァージョン http://comfaci.com/25/20100320/
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この記事のコメント

リーダーシップを発揮するには尊敬されることも大きな要素ですね。尊敬できない人が高圧的に意見を言っても、みな余計に反感をもってしまう。逆に一目置かれている人は、言葉少なに小声で何か言っても、皆が耳をそばだてて、その人から何かを汲み取ろうとする。。

現実には、上におもねって責任を回避する人が登りつめることが多々あるのですけれども(憎まれっ子世にはあかる)・・・。
そして、正しいことを直球で言う人はむしろ危険分子と思われる傾向があることは否めません。

会社などの組織では、誰かの面目をつぶさないように調整しながら(根回し)BestではなくBetterなとりまとめをする人がリーダーとなることが多いようです。

一般的には、
「出すぎた杭は抜かれる(そして捨てられる)」
というところでしょうか。
2010-03-30 Tue 02:50 | URL | まっきー #-[ 内容変更] | top↑
リーダーシップを発揮するには尊敬されることも大きな要素ですね。尊敬できない人が高圧的に意見を言っても、みな余計に反感をもってしまう。逆に一目置かれている人は、言葉少なに小声で何か言っても、皆が耳をそばだてて、その人から何かを汲み取ろうとする。。

現実には、上におもねって責任を回避する人が登りつめることが多々あるのですけれども(憎まれっ子世にはばかる)・・・。そして、正しいことを直球で言う人はむしろ危険分子と思われる傾向があることは否めません。

会社などの組織では、誰かの面目をつぶさないように調整しながら(根回し)BestではなくBetterなとりまとめをする人がリーダーとなることが多いようです。

一般的には、
「出すぎた杭は抜かれる(そして捨てられる)」
というところでしょうか。
2010-03-30 Tue 02:51 | URL | まっきー #-[ 内容変更] | top↑
そうですね。
日本のリーダーシップに関しては研究しがいがありますね。

>「正しいことを直球で言う人」

とくにそれが、マイナス要素だったりすると顕著だと思うのですが(例えば、このままでは日本は戦争に負ける、とか)、これって言霊信仰とも関わってくるところですよね。
2010-03-31 Wed 22:37 | URL | 風使いふたこ #-[ 内容変更] | top↑
ほんとに、日本人の言霊信仰による呪縛はすごいです。

・かつては、相手に本名を知られたり、名前を口にされるだけでその人の力が奪われたり弱らされたりると畏れられていたので、幼名からはじまって、人生の節目節目でどんどん名前を変えた。

・受験の時期になると「キットカット(きっと勝つと)」などの縁起かつぎグッツが商売になるし、雪印牛乳がメグミルクと名前を変えたりするというのも過去のケガレをはらうためといっても過言ではないでしょう。

・外国語の濫用(信仰)。これは意味のボカシによって直截的なショックを和らげたり、「なんだかわからないけれどすごい」と思わせる効果を無意識に狙っているのではという気がしなくもありません。

・私の住んでいるマンションには4階が存在しません。すんでいるのが5階なのに、6xxとなっています。また、駐車場には4番がありません。

日本の教育において、論理的/冷静な議論・討論を展開する訓練があまりなされないのも、言葉の持つ霊力や影響力、暴力性に対して、無意識のうちに過度に怯えているといったことと相関があるとは考えられないでしょうか。
2010-04-01 Thu 23:08 | URL | まっきー #-[ 内容変更] | top↑
言霊信仰については私も一言いいたいですね。

・「言葉そのもの」と「その言葉にまつわるイメージ」を同一視しすぎで、大変不便だと思います。個人的にはもっと区別した方がいいと思います。それには冷静な議論が必要ですね。
2010-04-05 Mon 19:41 | URL | yasuko #y1DW3Gkg[ 内容変更] | top↑
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