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(日記)終戦の日に

 今日は大東亜戦争/第二次世界大戦が終わった日ですね。なんだか8月15日が来ると、真夏の太陽が照りつけ蝉が盛んに鳴いている中、玉音放送が聞こえてくるような気がしてしまいます。どこでそんな風景を僕は教わったでしょうか。



 僕ら人間は、常に集合的な夢を見ています。世界がこうなっている理由についての夢、それを踏まえてどう生きたらいいかという夢、そういうものを自分のこころの中に組み込んでしまいます。家庭、学校や職場、国や地域など、様々な規模で様々な夢が共有されますが、そのコミュニティの新しい成員であった子供の私たちは、物事の、世界の、「正しい見方」のようなものを刷り込まれながら育ちました。それが、唯一の正しい見方ではない、ということは知らされないままに。
 環境に教えられて見てしまっている、世界の見え方。それをここではトルテックの伝統に倣って夢と呼んでいます。

 子供の僕らには夢を選択する余地はあまり無ありません。少なくとも、こういう見方と、こういう見方があって、どっちか納得のいく方を選んでいいよ、という選択の機会はなかったと思います。集合的な夢というものの多くは、こうした性質のものです。


 
 さて戦後、僕ら敗戦国の日本人が共有してきた夢は、少なくとも僕が見る限り、僕らの可能性をとても効果的に制限するものでした。
 
 ひとことでいうと日本人がいかに劣った危ない民族かというようなことを、(直接は言われず、常に婉曲表現だけれど)言われてきたように思います。すくなくとも子供の僕が受け取っていたのはそうしたメッセージだでした。
 
 進んだ文明を持つ西洋には見下されているし、非道を尽くしてしまったアジアでは憎まれている、そういうメッセージでした。
 
 日本人のお前にはたいしたことはなにもできないだろうし、また暴走するくらいだったらおとなしくしていなさい、そういうメッセージでした。

 親が子供に、バカとかへたくそとか言って、その子供の可能性を恐怖で閉じてしまうようなことが、もっと大規模な夢の中で行われました。僕と同世代の人は、僕が見る限りとりわけ能力を発揮することを怖がっているし、純粋な善意や愛のようなものを届けるのを心底怖がっている。それはほんとうにもったいないというか、破壊的なことだと思うのです。


 
 子供の僕は、日本の伝統文化や昔の人々を褒めたりしたらいけないんだ、とも思っていました。それは間違ったものの見方であって、運が良くても頭の悪い子供と見られるし、運が悪かったら侵略戦争に荷担する悪人みたいに見られる、そんなふうに思っていました。一つ一つの出来事は覚えていないけれど、そう判断するに足る、いろいろな状況がありました。

 僕はその後、夢から覚めることを学び、今の僕は、それが一つの集合的な夢でしかないことを知っています。別の夢を選択できることも。

 目覚める前の時代のことを思うと、日本列島にあった伝統やそこに関わってきた人々を、不当に貶めることに荷担してきてしまったんだな、と苦い思いを感じます。


 
 さて戦勝国、とくにアメリカでは別の夢が強化され、今日に至るまでつづいています。それは自分たちが正義の力を発揮することで世界が良くなる。正義を知る自分たちが活躍しなくては、世界はだめになってしまう、というようなものです。

 日本でも戦前まではこれに近い夢が見られていたかもしれませんが、戦後、日本で過ごした僕たちはこの夢からはすでにかなり覚醒していると思います。僕らはすでに、絶対的な正義とか悪というものがないということをよく知っているし、「正義」がどれだけ破壊的で危険なものにもなりうるか、知っています。それは戦後の自己否定の時代の、大きな学びの一つです。僕が話してきたかぎり、ドイツの若い人たちもこのことをよくわかっている様子でした。

 だから日本で育つことによって気づきを得た人が、世界に対して果たせる役割はとても大きいと今の僕は思っています。



 夢を相対化するということ、当たり前だと思っていた正しいものの見方は、実は真実ではないんだ、と気づくことは、「意識の覚醒」のとても重要な要素の一つです。
 
 僕らは放っておくと、集合的な夢に沿って物事、出来事を理解し、ますますその夢のリアリティの強度を高めてしまいますが、そのプロセスに気づくことで、それをやめることもまたできるのです。

 自分に否定的なエネルギーを向ける夢は、たましいの自己表現を阻害し、幸せな充実感から人間を遠ざけるという意味でとても有害なものです。そしてその夢が集合的に見られていたら、なかなか目覚めるのは難しいのですが、それでもその夢から目覚めることは可能なのです。

 そしていったん目覚めてしまったら、僕らはより幸せな夢を紡ぐこともできます。
 
 僕は今、ほとんどやりたいことしかしない生活を送っています。そういう夢を選択したからです。そしてとても幸せな日々を送っています。
 
 これからしばらく、その覚醒と夢見の技法をみなさんと、なんとかどうにか分かち合いたいなあと思っています。一人一人が自分のことを否定せず、ほんとうに大切にできる世界、(もし希望される方がいたら)一緒にこの地上をそんな幸福な夢の世界にしていきましょう。

 そんな大切な作業をさせてもらえるのは、大戦や敗戦、そこからの復興を経験してくれた先人たちのおかげです。僕は僕の人生を大切に生きることによって、彼らに報いることができたらいいなと願っています。そんなことを思う8月15日でした。

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風使いの小屋 今後の予定

・11月14日~23日 人類の故郷を訪ねる「アフリカ・タンザニア10日間の旅」
 http://www.geocities.jp/processworkwf/AfricaTour2009/
 
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 ファシリテーター ひろみずのりお&ふたこわたる

・9月20~22日 ネイティブアメリカンのサバイバル講座@北海道
 **ご注意!日程が当初と変更になっています! **

・9月18日、19日 ふたかよリーディングセッション@札幌
http://tamaho.seesaa.net/article/125246708.html

・9月6日 プロセスワーク全般についての学会主催セミナー 東京 詳細

・8月29~30日 関西での個人セッション&ミニセミナー
 http://windshamanwf.blog34.fc2.com/blog-entry-131.html
 そのほか詳細はお問い合わせください。

・8月21日(金) トークショー?ワールドワーク? 参加費1000円
 ひろみずのりお氏と対決!
http://windshamanwf.blog34.fc2.com/blog-entry-129.html
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この記事のコメント

自分を含め、同世代の人たちは自己否定がつよく、
自立できずに苦しんでいる人が多いように感じます。
うつ病や引きこもり、ニートの根っこにも、
この集合的な夢が関係しているかもしれない。
とても興味深い話ですね。
2009-08-20 Thu 18:38 | URL | くじら #PR6.u/TU[ 内容変更] | top↑
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2009-08-20 Thu 18:47 | | #[ 内容変更] | top↑
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