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(日記)ネイティブ・アメリカンのスピリチュアルな技術 「聖なる静寂」

 先週末はWild And Nativeの特別クラス、「アドバンスト・セイクレッド・サイレンス」に参加してきました。トラッカースクールのフィロソフィー(生き方・世界観)というシリーズのクラスで研鑚をつみ、10年以上にわたってその知恵と技を深めながら人々に伝えてきた、リチャード・バッソ先生が特別講師です。僕もいつか、この人を特別講師に迎えたワークショップをやりたいなあと思っています。
 
 今回のワークショップでは、セイクレッド・サイレンス、つまり「聖なる静寂」とでもいうものについて、様々なトレーニングを受けました。それはどんなことかというと・・・

 ネイティブアメリカンの世界観では、しばしば人間という存在は、肉体とスピリットの2つの側面からなる、ということがいわれます。そしてその二つの側面は、それぞれの心をもっていて、その状況に応じて対応できるようになっている。
 
 そうなのですが、現代人である我々はスピリットの心を使う機会に乏しい状況にあります。そして逆に肉体の心は絶えず現実社会のいろいろなことを考えています。

 肉体の心のおしゃべりがとまるとき、スピリットの心が働き始める。セイクレッド・サイレンスとは、その肉体の心に静寂をもたらすための方法論です。

 肉体の心が静まりスピリットの心が動き出すと、ヒーリングの能力や直観力が機能し始めるといわれています。今回のWSでは、セイクレッド・サイレンスに入る方法や、そのあとでヒーリングを始めとするさまざまな応用の方法を教わりました。



 これまでバッソ先生のクラスを受講してきた人たちは、自分のスピリットの心の中にヒーリングを行なうスペースをはじめいろいろな仕掛けをつくってあります。それはたとえて言うなら、心の中に自分の庭のような場所をつくってあるような状態です。
 
 おそらく原理的には、そこにいるという意識状態が様々な能力の発動に必要なのだと僕は推測しているのですが、実際には視覚をはじめとする五感を使ってほんとうに庭のような空想上の(?)スペースを用意してあるのでした。

 今回、たくさんの興味深い現象に僕は出会ったのですが、一番初めに体験したエクササイズ、「相手の庭を訪れる」ことを差し障り無い範囲で紹介するとこんなこと。



 参加者は二人一組になります。僕は、もともとプロセスワークで知り合ってWANを紹介してくれたK監督(笑)さんと組みました。はじめは僕の庭に、彼を連れて行きました。

 二人で瞑想状態に入って、バッソ先生の誘導に従い、自分の庭へと通じる小道や、入り口、中でのいくつかの名所(?)を巡ります。僕(案内者)はそのつど、相手に見せたいものを自分のイメージの世界の中で指差して伝えます。現実世界の二人は、服をすそを軽くつまんでいるだけで、もちろんことばを交わしたりはしません。そして一通り終えて瞑想状態から出てきてからシェアリング。



 この先をどう伝えたらいいのか、ちょっと迷いますが、僕らのペアは僕がひいてしまいそうなほど(笑)、二人の見たイメージに一致がありました。

 はじめの小道は、彼いわく「片方が森で片方が池?」。ばっちりです。池じゃなくて川ですけれど。
 
 「水面がきらきら光っているのが見えた」。僕はのけぞってしまいました。この日に限ってその道に、大きな水溜りがあるイメージが見えていまして、僕としては地面の感触を伝えようとがんばったのですが、どうにもその水溜りに反射する光のイメージに気をとられていたんです。
 
 その後、途中の階段部分も「洞窟のようだった。暗くて。」といっていましたが、そうなんですよ。洞窟かどうか自分でもわかりませんが、そこは暗いトンネルです。

 庭の中にある滝もばっちり見えていたようで、しかも「ちょっと囲まれた感じの場所にある滝」だそうです。そうですそうです。がけが半円形になっているところに滝があります。



 そんな感じで、バシバシイメージが一致していき、やれやれというか、ある種のあきらめとでも言うのか、「わかりました、認めますよ。認めりゃいいんでしょ。」という感じの気分になってしまった僕でした(笑)。

 はじめのエクササイズからしてこんな様子だったので、あとのエクササイズもまあ、日常の感覚から言うと不思議でしょうがなくて、でも周りの人たちも驚くべきヒット率だったので、何を不思議がるのが正しいのか混乱しました・・・。



 僕の課題としては、ここで学んだことをどう生かしていくか、ということ。
 テレパシーや遠隔視は、まあそれだけといえばそれだけのことです。これをより豊かな人生にすることに活かすにはどうしたらいいのかな、ということは今の僕にはものすごく考える余地のあることだなあと思いました。
 
 まあでも、僕の知らない世界がこんなに身近にあるということを体験できたのは、改めてなんというか、謙虚であることの大切さを感じることになりました。
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この記事のコメント

 どこか禅の世界に通じる感覚が生まれてくる言葉ですね。
 この8月のラブフルートワークでは、以前から浮かんでいた言葉を一切使わず笛だけで過す時間を長めに(本当は半日ほどやりたいのですが..)と計画しています。

 音の響きから様々なイメージが浮かぶ方は多いのですが、果たしてどんなことになるのか楽しみにしています。

 お元気でご活躍ください!
2009-07-02 Thu 19:15 | URL | SHO #3/2tU3w2[ 内容変更] | top↑
「言葉をいっさい使わず笛だけで過ごす時間」
いいっすね~。

ご盛会をお祈りしています!
2009-07-02 Thu 23:45 | URL | 風使いふたこ #-[ 内容変更] | top↑
このワーク、次のネイティブ合宿で実践できませんか?
すっごい興味あります!!
そうですね~、
一応、リチャード・バッソ先生には了承は得ているのですが、僕自身の経験がまだまだ浅いということもありまして、どうだろうな。
打合せの時にちょっと相談させてください。
2009-07-16 Thu 10:40 | URL | 風使いふたこ #-[ 内容変更] | top↑
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