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(日記)茨城を訪ねる。もしくはディープデモクラシーについて。

 みなさん、こんにちは。

 おかげさま先日のホタルの夕べは、魅力あふれる個性的なメンバーがあつまり、おいしいいろいろをいただきながら、いろんな話をして静かに盛り上がりました。ホタルの光は、なんとも静かに美しいですね。このとき樹海ツアーなんかの計画も登場したのでまたアナウンスさせていただきます。

 この週末は、コミュニティーファシリテーション研究所のノリさんをはじめとする友人数人が持続可能なライフスタイルを目指して共同生活(?)をはじめた「ごじゃっぺ村」に、このブログにたびたび登場するマネーセミナーの鈴木博之さんと遊びに行ったり、WANのセイクレッド・サイレンスというクラスに参加したりして、なかなか充実したひと時でした。
 
 ごじゃっぺ村も、僕らがいうところの「未来生活」をはじめつつある拠点のひとつです。
僕は勝手に、ごじゃっぺ村の友人たちとは同志という気持ちでいまして、激ウマ自然農野菜や自家製ビールをいただいたりしながら、わさビーフのCMの歌を歌えるか(僕は知りませんでした)ということから、人が互いに耳を傾けあうコミュニティはどうしたら出来てくるか、といったことまで、いろんな話をしてきました。
 
 僕とノリさんは、もとはプロセスワーク関係のつながりです。プロセスワークは「風使いの小屋」ウェブサイトに書いたように、人によってものすごく捉え方が違います。その中でノリさんと僕は比較的近い捉え方をしていて、また、比較的近い問題意識をもっていて、まあなにしろ、ノリさんはプロセスワークやファシリテーションに関して僕がとても信頼している仲間の一人なのでした。


 今回、いろいろ話した中で、なかなか深くて面白かったのは、ディープデモクラシー(深層民主主義)の話。プロセスワークの用語ですが、従来の多数派意見を優先する民主主義に対して、全ての声に耳を傾けること、という感じで一般には認識されています。
 
 プロセスワークにかかわる人々は、僕から見ると多かれ少なかれマイノリティ側にアイデンティファイしている場合が多く(僕もいまでも多少そういうところがあります)、ともすると自分たちマイノリティ側の要求を正当化して通すために「ディープデモクラシー」という印籠を持ち出すことがあります。この辺は、僕の中では以前のアフリカ日記とも通じるトピックです。

 でもノリさんと話していて改めて認識したのは、そういうふうに「ディープデモクラシー」ということばを使ってみたところで、なんにもならないということ。
 


 じゃあディープデモクラシーってなんなのかというと、もっとシンプルなことだと僕は思っています。
 
 それは、「そこにある立場があったら、その立場があることを認識すること」。それだけです。その場に存在しているものが、存在していると認識されているとき、ディープデモクラシーが実現しているということです。
 
 「深層民主主義的な態度」といういいかたもよくなされるのですが、それは、「その場にあるものを意識的に認識するよう努めること」、くらいじゃないかな。
 
 ある声があり、それに対して黙ってくれと思っている人がいるとき、どちらの声も、場に表現されていい。ある人のことが嫌いで出て行って欲しかったら、そういう声すらもあっていい。というか、あるんだったらあることを認めようと。
 
 それはグループの中の、声や立場に対してもそうだし、自分の心の中の声や立場についてもそうなのだと思います。

 そこにあるものを、あるね、と認める。
 
 僕にとって、自分自身を肯定するとか、世界を信頼するというのはまさにこれと同じことでもあります。



 こういう話をしていてノリさんが(この言葉どおりではないけれど僕が受け取ったところでは)、「お前なんか嫌いだ、ここから出て行ってほしい」という声をも抑圧せずに、それでもかかわり続けることが出来るかどうかが、ほんとうに大切なことなのではないかというようなことを言っていました。
 
 同時に、そうまでしてかかわり続けたいのかどうかを、自分自身にしっかりと問うことも大切なのではないかと。
 
 そんなこんなで深い話をいろいろしてきたなと思うのですが、こういう話を聴きたい人もいるかもということと、僕ら2人で何かいっしょにやりたいねということで、たぶん近々対談というか、トークライブというか、なんかそんなようなことをすると思います。それもまたお知らせいたしまする。
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この記事のコメント

「その立場を認める」とか
「できるだけ認識していく」とか
なんか、とってもわかりやすくて
いいなって思いました。

それをプロセスしよう、プロセスしなくちゃ
ってなると、ちょっとね。。。
ほどよく、力が抜けた表現なので
いいんじゃないでしょうか。

自他ともに、過大な期待はせずに
でも、気づけたことはやってみるくらいの
気楽さって、いいなって思います。

パチパチパチ!
2009-06-29 Mon 14:07 | URL | よっし~ #HuBhO90w[ 内容変更] | top↑
素敵な感覚だと思いました!
「そこにあるものを、あるね、と認める。」v-10
2009-06-29 Mon 15:33 | URL | うめ #-[ 内容変更] | top↑
ふたこさんの日記にはいつも色々考えさせられます。

ミンデルの本を読んでディープデモクラシーっていう言葉だけは知っていました。コミュニケーションについて一般人が知らないことを僕だけ知ってる気になってちょっとした優越感を感じたもんですが、割と自然であたり前のことなんだなって思えてきました。

相手を嫌になる気持ちも抑圧せずにそれでも親密な友人関係が続けていけたらなんとも素適ですね。ある日ふと別れたいという気持ちに気付いてしまうかもしれないのに。関係が続くのが不思議ですらあります。
2009-06-30 Tue 02:09 | URL | キキ #4lXsiBFM[ 内容変更] | top↑
ありがとうございます。
そうですね。
なんかさ、どうにかしなくちゃいけない気分にはなりがちですよね。
で、もちろんどうにかしようとしてもいいんだけれど、そこでめんどくさいなと思ってたら、その気持ちも大事にするということがほんとうのディープデモクラシーなのでしょう。
2009-06-30 Tue 12:18 | URL | 風使いふたこ #-[ 内容変更] | top↑
こんにちは。ようこそ。
コメントありがとうございました。
そちら新しいスペースの様子はいかがですか。
2009-06-30 Tue 12:19 | URL | 風使いふたこ #-[ 内容変更] | top↑
こんにちは。ご無沙汰しています。

「相手を嫌になる気持ちも抑圧せずにそれでも親密な友人関係が続けていけたらなんとも素適ですね。」

これ、ほんとうにそうだなあと思います。
またそのうちお会いしましょう。
2009-06-30 Tue 12:21 | URL | 風使いふたこ #-[ 内容変更] | top↑
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